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たつや日記

2008年 8月
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8月5日

「内閣府副大臣」

午前10時からの閣議で正式に内閣府副大臣を拝命することになった。副大臣は大臣と同様に認証官なので天皇陛下から任命される。午後1時からの認証式の準備と内閣府の方々との打ち合わせ、ホームページや国会通信用の文章作成などで時間に追われてしまったので、事務所で作業をしながらサンドイッチと牛乳で昼食をすませた。

「認証官任命式」

午後1時に認証式前の打ち合わせのために副大臣22名が正装で官邸に集合した。認証式の服装は、男性の場合、モーニング着用でベストは黒、ネクタイは無地のシルバーグレー、ポケットチーフはつけず、靴はフォーマルな紐付きと指定されている。官邸の会議室でまず副大臣認証官任命式での所作についてビデオを見ながら研修した。教材は、小泉政権での福田官房長官(当時)の認証官任命式のビデオだった。その後1時20分に官邸を出発し、皇居の中に入った。皇居では、まず「千鳥・千草の間」に案内され、そこで宮内庁職員から認証官任命式の手順について説明を受け、次に実際の会場である「正殿松の間」に移動し、ひとりひとりリハーサルを行った。その後、「千鳥・千草の間」に戻り午後3時過ぎまでそこで待機し、3時15分から認証官任命式が始まった。私は22名の副大臣の中で一番手だったので、先頭で「正殿松の間」に向かい、練習通りの所作でまず天皇陛下に敬礼し、福田総理から「官記(写真)」を受け取り、陛下のお言葉を賜り、再び敬礼して退出した。30秒ほどのことだが、かなり緊張した。



「写真撮影と初副大臣会議」

認証官任命式終了後、皇居を出て官邸にもどり、官邸内の階段で恒例の記念撮影がおこなわれた。私は最前列右端、高市早苗経済産業副大臣の隣に写っている。記念写真の撮影後、別室で総理から「職務指示書」(内閣府副大臣は総理から直接担当の職務を命じられる)を頂き、その後初めての副大臣会議に出席した。今回選ばれた副大臣の中には、「あさっての会」のメンバーで近藤議員(農林水産)、金子議員(国土交通)の二人がおり、またお互いに連携して仕事ができることを喜びあった。副大臣会議は、今後毎週木曜日に開かれるようである。

「幹部への挨拶」

副大臣会議終了後、モーニング姿のままで内閣府に入り、幹部の方々と顔合わせをおこなった。ただ、私の場合は1年前まで大臣政務官をしていたので顔見知りも多かった。前回と同じ分野ならほとんど分かるのだが今回は初めての分野の担当。金融政策も行政改革も公務員制度改革もすべて厳しい視線で注目されている分野なので、全力を尽くして頑張りたい。

8月4日

「午前中だけでワイシャツが」

午前中は地区を決めて後援会関係者の挨拶周りをした。暑さの中、熱中症にならないように水分をとりながら歩き回るので汗もたくさんかく。周り始めて1時間くらいで汗だくになり、午前中だけでワイシャツを着替えないといけないくらいビショビショになってしまった。

「おまかせランチ」

お昼は事務所の近くの「ベア」という喫茶店で「おまかせランチ」を食べた。地元ということもあり、いつも応援してもらっている。食事も工夫をこらした料理が多くて美味である。

「国会人事」

内閣が改造されたことに伴い、今週は様々な人事が行われる。午後の便で東京へ戻ることにした。午後2時のバスで和歌山駅東口を出発し、午後3時40分の飛行機で羽田に飛んだ。今年66回目のフライトである。

「内定」

夕方、官邸から連絡があり、内閣府の副大臣に内定したとの連絡があった。明日の閣議で正式に決定する。担当分野はまだ不明だが、どの分野にしろ全力を尽くしたい。明日の認証式の準備をしなければならない。

8月3日

「午前中100軒」

午前中は地区を決めて、後援会に登録していただいているお宅に後援会報を配って歩いた。長年後援会活動を行っているので、だいたいどの地区でも8割くらいは後援会登録をしていただいている。炎天下、挨拶しながら会報を配っていると、通りすがりに声をかけてくれる人や飲み物を頂くこともある。そうやってみなさんからパワーをいただきながら、東京での政治の仕事と地元の活動の両立に全力を尽くしている。

「移転した店」

お昼は「桂庵」で天丼定食を食べた。このお店はもともと事務所の目の前にあってよく食べに行っていたが、西脇山口線の4車線化で少し離れた所へ移転してしまった。紀の川の北側地域にとっては、この西脇山口線の整備、第二阪和国道の完成、和歌山北インターチェンジの新設は最重点事項であり、私も推進に全力を傾けている。整備のために大好きな店が移転してしまったのは残念だが、今もこうして時々立ち寄っている。

「式典」

「幸福の科学」の和歌山支部精舎の落慶式典があり出席した。「幸福の科学」のメンバーの中には、私が県議会議員に挑戦した頃から応援してくれている同世代の友人がたくさんいる。とても明るくて綺麗な建物が印象的だった。



「市議会議長就任祝い」

いつも親しくしていただいている市議会の遠藤議員が議長に就任され、そのお祝いを兼ねた励ます会が開かれた。遠藤議員は元ボクサーで、我々和歌山の若い政治家にとっては兄貴分的な存在である。世耕参議院議員、鶴保参議院議員もお祝いのかけつけていた。


7月30日

「板門店視察」

午前中バスで移動して、午後1時から韓国と北朝鮮の軍事境界線である板門店を視察した。JSA(共同警戒地域)に入ると、まず「何があっても自分の責任です」という誓約書を書かなければならない。休戦中とはいえ、北朝鮮の行動を誰も保証できないからである。誓約書を書いてバスに乗り込むと緊張感が高まる。境界線のすぐ手前にある韓国側の建物の前でバスを降り、展望台に昇る。そこから北朝鮮側を見ることができる。写真を撮ることも可能だが、北朝鮮側が監視しているので、指をさしたり手を振ったりすることは禁じられている。展望台を降りると、いよいよ境界線上に建っている会議室へ徒歩で向かう。北朝鮮側に目をやると我々を監視している兵士の姿があちこちに見える。会議室に入るまでは2列縦隊で行進し、会議室の中に入ると自由に動き回ることができた。ただ、北朝鮮側に出るドアの前には韓国の憲兵が立っていて、その後ろに回ることはできなかった。境界線はちょうど会議室の真ん中を通っており、会議室の中だけは北朝鮮側に立つことができた。会議室を出る時も2列縦隊で歩き、そのままバスに乗り込んだ。後は、危険があるということでバスに乗ったまま見張り台や境界線近くを見て回った。韓国の街中を歩いていると戦争のことなどすっかり忘れてしまうが、韓国と北朝鮮の戦争は終わったわけではなく、まだ休戦中である。板門店を訪問すると「まだ終わっていない」という緊張感を強く感じる。

 

 

 韓国と北朝鮮の境界線。砂利側が韓国で土側が北朝鮮。

 会議室の中。テーブルの真ん中が境界線。

 憲兵が立っている左側が韓国、右側が北朝鮮。

 会議室の中。北朝鮮への扉。憲兵がいて近づけない。

『最後の晩餐』

3泊4日の海外研修も今夜が最後の夜。団長主催の夕食会が、ホテルの会場で、駐韓日本大使館の方々や在韓日本企業の方々を招いて開かれた。食事会の後半は訪韓団の解団式へと移行し、4日間の研修を締めくくった。毎年恒例になった自民党青年局の海外研修だが、全国から100人以上が集まって行う大イベントだけに、準備や管理を行う事務方の苦労は並大抵ではない。党青年局の職員、旅行関係者に心から感謝したい。

7月28日

「海外研修・韓国ソウルへ」

午前9時20分発の羽田発金浦空港行きの飛行機で韓国へ飛んだ。今年63回目のフライトである。羽田-金浦間は2時間少しで到着する。距離的には沖縄よりも近い。本を読んでいるとあっという間に到着した。今日から4日間、しっかり頑張ろう。

「読み終わった本」

飛行機の中で読み終わりました。
「カフーを待ちわびて」
原田マハ
第一回日本ラブストーリー大賞受賞作品



「昼食会」

金浦空港に到着し、バスでソウル市内に移動した。昼食会場は3年前の海外研修でも使用した「金剛山レストラン」だった。まずは参加者同士のコミュニケーションも大事である。席を移動しながら、たくさんの参加者と親睦をはかった。

「桃の日」

韓国語で「ポクスンア・デイ」。
韓国では「伏日(ポンナル)」という、暑気払いで滋養食を食べる日がある。(日本で言う「土用丑の日」のようなもの)暑さをしのぐため、サムゲタン(参鶏湯)などを食べるのが一般的らしい。更に福の多い桃をたくさん食べようということでポッスンアデーも作られたようだ。
移動中、桃の日のイベントを目撃した。

「清渓川」

ソウル市内を流れる川で長い間道路の下に隠れていたが、イ・ミョンバク大統領がソウル市長当時に復活させた。たくさんの市民が集まって涼を取っていた。

「ソウル大学国際大学院教授」

ソウル大学国際大学院教授で日本政治先攻の朴先生から日韓関係について講演をして頂いた。時期的に竹島問題が中心になったため、その後の質疑では日本側の若手参加者から活発な質問や反論が出された。領土問題は合意点をもっとも見出だしにくい政治問題である。しかしこのことをもってすべての関係を悪化させることは馬鹿げている。意見は異なっても、お互い冷静な対応をしなければならない。


7月27日

「軟式野球連盟夏季大会」

4日前まで高校野球の県予選が行われていた紀三井寺球場で「NW和歌山軟式野球連盟第36回市長杯争奪夏季野球大会」の開会式があり、顧問として出席した。今回の参加チームは19チームで、今日から4週間かけて優勝を争う。連日猛暑が続いており、今朝も開会式が始まる午前8時半の時点で30度近い気温だった。真夏の戦い、各チームの健闘を祈る。



「国内事前研修」

午後の便で関西空港から羽田空港に移動し(今年62回目のフライト)、自民党青年局の海外研修の事前研修に参加した。全国から参加者約100名、事前研修を受けて、明日から3泊4日で韓国を訪問する。私は訪問団の顧問として同行する。竹島問題でこじれている時期ではあるが、こういう時こそ交流を止めてはいけない。

7月26日

「マリンスポーツフェスティバル」

朝から和歌山県マリンスポーツ連盟主催の「マリンスポーツフェスティバル2008」に参加した。このイベントは、ジェットボート、水上オートバイ、バナナボート、スーパーキッズボートなど各種マリンスポーツを二日間にわたり一般のみなさんに体験してもらおうというもの。初日の今日は、障害児者を招いての体験クルージングが行われた。海は和歌山にとって貴重な財産である。マリンスポーツなど海で楽しむ分野を活発にするべく応援していきたい。


「境界問題相談センター」

境界問題相談センターわかやまの設立記念式典に出席した。このセンターは、土地家屋調査士会と弁護士会の合意により設立されたもので、土地の境界紛争について裁判外で紛争処理を行う機関である。2004年に成立したADR法により民間の紛争について様々な分野で裁判外での紛争処理方法が模索されてきた。裁判の場合、時間もお金もたくさんかかるが、専門家を活用して裁判外で処理すれば時間も短縮され費用も安くすむ。これからは土地の境界に関する紛争は専門家である土地家屋調査士を活用して裁判外で処理が可能になる。

「5ヵ所かけもち」

今夜はいろいろな日程が重なり、一晩で5ヵ所かけもちとなった。たくさんの方から声をかけていただくというのは大変ありがたいことである。しかし申し訳ないことにたくさん重なるとどうしても1ヵ所に滞在する時間が短くなってしまう。声をかけて頂いた場所にはできるだけ全部出席したいし、行く以上は充分時間を取りたい。それでも同じ日に重なってしまうと両立することが難しい。毎日の日程を組む上で常に抱えるジレンマである。

7月25日

「今日も真夏日」

昨日に引き続き地元地区の挨拶周りを行った。汗を拭き水分補給をしながら徒歩で周った。午前中ですでに30度を超える気温で日差しも強烈だったので、かなり体力を消耗した。しかし地区のみなさんが暑い中一緒に付いて周ってくれたので、弱音を吐くわけにはいかなかった。この天候の中で一緒に周って頂いたみなさんに心から感謝する。

「天満宮夏祭り」

和歌山市内にある天満宮の夏祭りに参加した。今夜は全国の天満宮で夏祭りが開催されているらしい。写真に写っているのは「茅の輪くぐり」。


7月24日

「炎天下」

今年61回目のフライトで、東京から和歌山に戻った。午前中は地元地区を歩いて挨拶周りした。35度を超える暑さの中で2時間で100軒以上回ったが、どこの家でも暖かく迎えてくれた。炎天下、フラフラになりながらも頑張れるのは、地元のみなさんの励ましの言葉のおかげである。東京で政治の仕事に全力を尽くす一方で、地元に戻れる時は、一人でも多くの人に会うために頑張りたい。

「雑賀孫一の墓」

挨拶周りの途中で雑賀の鉄砲隊で有名な雑賀孫一の墓に遭遇した。和歌山市では毎年「孫一まつり」も行われている。和歌山ゆかりの歴史上の人物をもっと宣伝していかなければいけない。

「高校野球」

午後は高校野球の応援に紀三井寺球場に駆け付けた。和歌山県予選の決勝は智辯和歌山高校対日高中津分校の対戦だった。息詰まる接戦だったが、智辯和歌山が5対3で競り勝った。夏の甲子園で和歌山県代表として、素晴らしい活躍を期待する。

7月21日

「3人で挨拶周り」

今日は秘書と後援会からの運転ボランティアの方と3人で挨拶周りをした。後援会の方々にはいろいろな形で多勢の方にお手伝いして頂いている。とてもありがたいことである。
昼食に私はお好み焼き、二人は焼きそばと焼きうどんを食べて、午後も引き続き挨拶周りを続けた。

7月20日

「国際親善空手道大会」

空友会主催の国際親善空手道大会の開会式に出席した。この大会も三回目であるが、今回はサミットの影響からか海外からの参加者のビザがなかなか降りず、海外組の参加が非常に少なくなってしまったようだ。海外の選手達と闘うのを楽しみにしていた子供達にとっては少し残念だったかもしれない。

「カレー」

後援会でお世話になっている方がお店を出したので挨拶を兼ねて昼食を食べに行った。肉や魚をいっさい使わない食事を提供しているとのこと。ランチを頼もうと思ったが、お店がとても混雑していて、ランチセットも売り切れていた。それで野菜だけで煮込んだカレーを注文した。ご飯も雑穀米が使われていて、美味しかった。

7月19日

「野崎小学校夏祭り」

夕方、野崎小学校の夏祭りに参加した。野崎小学校は、私が3年生まで通っていた学校である。PTAの方々の協力で、たくさんの出店が出され、お化け屋敷まで作られていた。


7月16日

「わかやまラーメン」

今日のお昼は久しぶりに和歌山ラーメンを食べることにした。美味しいラーメンはたくさんあるが、時間と次の場所の都合でお店を選んだ。メニューにはラーメン以外も掲載されているが、ラーメン(中華そば)以外を注文する客はほとんどいない。こってり系の美味しいラーメンを頂いた。

 

7月15日

「58回目のフライト」

羽田空港から関西空港へ移動。乗客は満席で大阪のよく知っている議員も一緒の飛行機だった。羽田空港と関西空港では気温が5度も関西のほうが高かった。

「京奈和自動車道建設促進協議会」

平成20年度和歌山県京奈和自動車道建設促進協議会の通常総会に出席し、顧問として挨拶した。京奈和自動車道は、全長120kmでそのうち和歌山圏域は約40kmである。事業区間は「橋本道路」「紀北東道路」「紀北西道路」の3つに分かれており、橋本道路(11.3km)は昨年暫定共用を開始した。紀北東道路(16.9km)については、今年度151億円の予算を付けたが、現時点で事業進捗率は58%である。紀北西道路(12.2km)については、今年度34億円の予算をつけたがまだ事業進捗率は7%である。平成27年の和歌山国体開催までに完成させられるよう努力したい。


7月13日

「隊友会」

和歌山隊友会の懇親会に出席した。
隊友会とは、自衛隊OBの会で、国民と自衛隊との間の掛橋の役割を果たしたり、自衛隊OB同士の懇親を深めるための活動をされている。国民の間での自衛隊に対する理解はかなり進んできているが、法律上の位置付けなどはまだまだである。今後も政治課題としてしっかり取り組んでいきたい。


「オムカレー」

久しぶりに、『オムカレー』を食べた。相変わらず絶品である。

「57回目のフライト」

夕方の便で東京へ移動した。 日曜日の移動は久しぶりである。慣れているとはいえ、頻繁に移動すると疲れがたまる。それでも、泣き言は言ってられない。
今年57回目のフライトである。

「日中韓未来リーダーフォーラム」

第6回の日中韓未来リーダーフォーラムのレセプションに出席した。私は第1回のメンバーなので、できるだけ毎年どこかの場面で参加するようにしている。私たちの時は2週間の日程だったが、今は10日間に短縮されている。それでも3カ国のメンバーが10日間という時間を共有することの意味は大きい。OBとしてこのプログラムの継続と発展に協力していきたい。


7月12日

「和歌山県俳画展」

第57回の和歌山県俳画展にいきました。
軽妙な絵と俳句の組み合わせは、見ていて飽きません。

「美術工芸展」

文化協会の美術工芸展に顔を出した。日本画、洋画、書、俳画など様々なジャンルの作品が展示されていた。知人の絵も拝見させていただいた。芸術の才能には純粋に憧れる。

「どんどん焼き」

和歌浦で昼食代わりに「どんどん焼き」を食べた。安くて美味しくて短時間で食べられるので、動き回る我々にはちょうどいい。海老入りで250円という安さは本当にありがたい。


7月11日

「挨拶まわり」

和歌山県立図書館の百周年記念式典に出席した後、近くにある知り合いのコーヒー店に顔を出した。天気が良くなってとても暑かったので、アイスコーヒーを注文した。豆からきちんと挽いて作ってくれるアイスコーヒーはとても美味しかった。

「県友会」

県友会の総会と懇親会に出席した。県友会は県議会議員のOBの会で、私も一期だけ県議会議員だったので参加資格がある。県議会議員出身の国会議員は最近少なくなってきているが、和歌山県は衆議院の1区(私)、2区(石田議員)、3区(二階議員)ともに県議会議員出身者であり、参議院でも一人(大江議員)が出身者である。今日は二階議員、大江議員も出席されていた。

「小学校の同級生」

久しぶりに小学校の同級生と食事をした。30年経っても、小学校の同級生はやっぱり小学校時代のままのイメージである。何の気兼ねもなく楽しい食事ができた。

「ネコタクシー」

和歌山には『ネコタクシー』が一台走っている。今日久しぶりにそのネコタクシーに乗ることができた。車内には888の猫の人形が所せましと並べられている。このタクシーに乗ると縁起がいいような気がする。


7月10日

「56回目のフライト」

午後の便で羽田空港から関西空港へ移動した。木曜日の午後だが、スターフライヤーは満席だった。今年56回目のフライトだった。

「顔出し」

和歌山に戻り、同級生の焼鳥屋に家族で顔を出した。お店は相変わらず忙しそうだった。美味しいものを安く食べさせてくれる店は貴重である。

7月9日

「観賞用スイカ」

仕事で出かけた際に店先で見つけました。四角のスイカ。観賞用だそうです。15000円もします。香川県産でした。

「歌を覚える」

毎週水曜日は韓国語のレッスンの日。経済産業省関係の打ち合わせ会議の合間に李先生の授業を受けた。最近は教科書だけでなく、韓国の新聞や雑誌、韓国の歌なども題材にしている。今日は韓国ドラマ「宮(クン)」の歌を2曲勉強した。なかなか難しい。

「台湾の代表」

台湾経済文化代表処(大使館)で許世楷代表(大使)との送別会を兼ねた食事会があり出席した。許氏は4年間日本の台湾経済文化代表処の代表を務めた方で、私も大変お世話になった。特に自民党の青年局長をしていた時には、台湾訪問団の世話をしていただいたり、青年局幹部との会合を開いてもらったりした。退任されるのはとても残念だが、今後とも交流を続けて行きたいと考えている。台湾も総統が代わってから大きな変化が起こっている。青年局として交流を繋ぐためにもまた訪問しなければいけない。

7月8日

「あいさつ回りの合間に」

ジャージャー麺を食べました。

「東京へ」

午後の飛行機で東京へ移動した。今年55回目のフライトである。